2015年6月15日月曜日

ずーーーーーーーーっと、心の奥底にひっかかっていた言葉


『かわいそう』



この言葉の正体が、やっとっやっと、出てきた


全てが必然で

全てがそこに在って

ただ

気付くが気付かないか、だけだった





私の生まれ育った家族は、感謝が足りない家だった

今も、感謝してるのに、どこか上っ面で

心の奥が、乾いていた


言ってる言葉は、ありがとうなのに

やってることが、ありがとうじゃなかったり


受けたものは『ありがとう』のかたまりなのに

『ありがとう』って、素直に言えない人達



私はいつも、この家族の中で「変わり者宇宙人」だった

だって、誰も、本質を見ないのだもの

誰ももらすことなく

「ナニカ」から、逃げている


今日、ふと思い立ち

『ありがとう曼荼羅』

を、やってみた


とにかく、思いつく限りのありがとう、を

小さく小さく書いていく


そして、書いていて、出てきたこと

それが

「私は、家族が大嫌いだ」

という、正反対の、溜めていた感情



いつのまにか、大嫌い曼荼羅に。。。

でも、そこにいったから、わかった

みんなが、ナニから、逃げているのか



私には、発達障害らしきものを持った、兄がいる

私は、産まれた時から、この兄を、嫌っていた

正確に言えば、どう接していいか、遺伝子レベルでわからない、だった



それは、多分、母の感情

母は、兄の障害、もとい、兄のギフトを、見てみぬふりしている

かれこれ、40年


きっと、私に突出したこの感情は、母のお腹から、引っ張りだしてきたもの

そして、父も、母も、兄も、姉も

気付いているのに、見てみぬふりして、過ごしている


これは、大いなる、いじめだ。

あぁ、そうか、と。

そのことに、今日、初めて気がついた



私の使命は

「存在の祝福」を伝えること

それはきっと

兄に、家族全員に

存在の祝福を、伝えにきたのだ




あ〜〜〜〜〜〜〜〜

いっぱい泣いて

いっぱい嫌って

いっぱいいっぱい感情を出して

スッキリ


朝から、愛の歌を聞いたからかな

ありがとう


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