2023年9月1日金曜日

新しい、私の習慣。

 森本千絵さんが毎日新聞日記を書くように、私はココで、毎日その日を統括するブログを書こうと思う。


今日のパッションNO1は、ウェブショップをやるぞ!っていうこと。

iichiでmahanamakani、BASEでpulehinaをやってから、今回で3回目。

今までは、外側の"お客さんの反応"とかばかりに気がいってしまって、集中してお店を作ってこなかったから、今回はしっかりとお店の世界観からエネルギー込めて作っていきたい!!


バイトに旅行に、と忙しかった8月も終わり、新学期が始まった。

支援級の子たち、結構来てなかったみたいだけど、どうしたんだろうか?

環境の変化に敏感な子たちだから、気にかかる。

息子は、懸念してた行き渋りもなく、楽しかったみたいで何より。多分、事前に用意してた可愛いノートとか、あと一週間前くらいから学校を意識して過ごす、っていうのも効いた気がする。

内側を表現することと、人が見る前提でわかりやすく表現することの中間って、なんだかまだ形が見えないけど、とりあえずやってみます!!


2022年12月7日水曜日

マレット指って、知ってるかい?


いつもより寒い朝。

ササっと着替えて、早く暖房のある部屋へ・・!っと、履いていた着圧タイツをグッと降ろしたその瞬間「んっ?」っと指に違和感を感じた。

全くもって痛くはないけど、なんか、変。

急ぎ足で暖かい部屋へ入って腰を降ろし、さてさて、何が起きたんだ?っと指を確認してみると、私の右手薬指の第一関節が、ぺっこり45度、お辞儀をしている。

「えっ?あらやだ、指つっちゃった?」

足の指をつった時みたいに、まるで意志を持ったかのようにあらぬ方向へと曲がる指。

でも、つっぱり感も無ければ、痛みもない。

むしろ、無感覚。
え、なにこれ怖い。

どうやったら治るの・・?


色々検索してみたところ、

"伸筋腱断裂の腱性マレット指"

っという症状名のケガでした。


しかも、医師によっては

『元通りに回復することは不可能』

って言ってるやつ。



うそーーーーーん



え、だって、ただ着圧タイツをグッて降ろしただけよ?

腱断裂って、そんな簡単に??

ってか、こんなにも簡単に断裂しちゃうのに、
むしろこの37年間、よく断裂せずにくっついてたな!?


ネットで色んな症例みたけど、

「ポケットに手を入れそびれただけで発症することもある」

って書いてあって、
そうなったらもう「腱断裂ガチャやん」って、

私の心に住むエセ関西人が
渾身のツッコミかましてたわ。

『寒い日の着圧タイツ脱ぎ!
高確率出現中!!』ってか。


ありがたいことに、
最近、近所に整形外科が出来たことを思い出したので、
いそいそ行ってまいりました。


毎朝、通りかかるたびに、

出玉イベント開催中!な開店前のパチンコ屋みたいなノリで
行列が出来ている、大盛況の整形外科。


スタッフの皆さんも素晴らしい明朗さと優しさで、
声色だけで寄り添いのハートが伝わってきたし、

猛然とものすごい量の診察をこなしつつも、
一人一人に真摯にしっかりと向き合う
これまた素敵な先生で、

あぁ、こんなに素晴らしい医療が近所で受けられて、

しかも医療費も3割だけで、あとは税金諸々でカバーしてくれる
日本の医療制度よありがとう。。。っと感謝の気持ちで診察を終えました。


私的診察のハイライトは、

ぺっこり45度のお辞儀をまっすぐ固定するために、
"おゆまる"の要領で温めて形状記憶するタイプの装具をつけるんだけど、

痛くならないように慎重かつ丁寧に形を整えながら、
先生がしみじみと、

「なんかさ、、、これ、色とか塗ったら現代美術っぽくなる造形だよね、、」

っと、激務の合間にも関わらず、治療までもを現代アートに昇華させる
先生の人間力と逞しさを感じた瞬間でした。

先生には、心の中のスーパーひとし君を贈呈したいと思います。


前置きが長くなり過ぎましたが、

私はこの突然のマレット君来訪により、
痛烈に実感しました。


「これ、死ぬときも同じ感覚だろうな」

って。


いつも通りの日常を過ごしていたのに、

ふとした "ほんの一瞬" 


とても簡単に、
絶対的に抗えない【出来事】が

人生に現れる。


『え?うそでしょ?』

『なにこれ?本当に??』

『マジか・・・』


人生なんて、いとも簡単に
変わってしまうものなんだ。って。


病院帰りの車の中で、
遠くの山並みを眺めながら感じたそれは、

まさに"小さな悟り"でした。



人間、特別なことも、何もしなくたって、
死ぬときゃ死ぬ。

マレット指だって、
なるときゃ、なる。


大切なのは、いつだって

安心して、今を感じること。

"今"に在る、私を感じること。


いつ訪れるかわからない死に怯えずに、

不安に支配されないで。



今、を感じる。

今、を生きる。


そして、寒い日は決して指先の力を過信しないこと。←



以上、マレットで死を想った現場からでした!
















2022年10月23日日曜日

発達サポーターになってみた。

 2014年から始めたこの誰も見ていない独り言日記。

全世界に解放しているのに、誰にも見られないっていうのが、今の世界の抜け目とリンクしていて面白い。とか言ってみる。

世界は広いようで狭いし、私が見ている世界って、実はものすごく狭いんだよな。


さて、8月に発達サポーターという認定資格を取得した。

このブログでは書いてきているけど、私はずっと、いわゆる"グレーゾーン育児"というものをしてきた。

そして、自分的には「白黒つけるぞ!」っと診断を受けに行ったけど、最終的にわかったのは「人は白黒じゃなく、虹色である」という真実だった。


ずっと、悩んできた。

なんで私は、みんなと同じように生きられないんだろう?って。

でもそもそも、みんなと同じ、なんてまっぴらごめんだ!っといつだって飛び出すのは私の方だったのに。笑

けど、いざ息子を授かって、息子の発達が定期発達ではなかったり、食物アレルギーがあってみんなと同じように出来ない場面が多くなると、本当に嫌で嫌で仕方なかった。

違う違う!そうじゃ、そうじゃな~い!っと、歌いながらツッコミたい所存だ。


私はこれから、東京のベットタウンで小さな公園で遊んでいると生協や宗教の勧誘に声をかけられて本当に行き場がなくて発狂寸前だった、むしろちょっともうだいぶもう発狂していた当時の私が欲しかったものを次々に実現させていこうと思ってる。

話を聞いてくれる場所。

共鳴する仲間との繋がり。

自己理解を深める場所。

それらをやってみよーって、で、まずはブログっしょ!っと意気込んでいたものの、いざブログ書こうとすると全然案が出てこなくてフリーズですよ奥さん。


多分ね、私の中のエゴが変わることを恐れている。

私のホメオスタシスが、変化を恐れている。

そして何より、当の本人である私の「完璧にしないと」とすぐ意気込み過ぎてしまう特性が邪魔をしている。


もっと気持ちを楽にして、ふわふわ~っとやってきましょう。

















2021年9月7日火曜日

はい、深呼吸~~

 誰もいないこの場所が、一番楽に呼吸するように言葉が出てくる。

一体、誰の何を気にしてんねん!って話だよね。

だって、この世界には、本当の意味では"わたし"しかいないのに。

誰の目線を気にしてるんだか。

誰かに届けよう!!って思うのももはや、それすらも重いかもね!

軽やかに、軽やかに。

いきまっしょい!

2021年9月6日月曜日

自分の言葉探し

 セッション業を、本格的に始めようとしている。


でもね、まったくプロフィールが書けないの。


今日なんて、朝の9時かパソコンとノートを交互に睨みつけ、たった数行の言葉を紡ぐのに9時間経過しているありさまだ。


なんで、こうなったのか、その理由は明白で


私は今、猛烈に「プロフィールの正解」を探している。


私の登録しているライン@は、いかに効率的に読み手に刺さる言葉を紡いで、商品を売るか、みたいなコンサルの人ばかり。

あまりに"意図"がこってりすぎて胸焼けし、そのほとんどはブロック済みとなった。


いつからだろう?

こんなに、SNSが当たり前になったのは。


正解のいろはが固定され、テンプレートの誘い文句で溢れる世界。


人の心理を利用して、チカチカと眩しく「こっちを見てよ!!」と主張する明朝体たち。


そして、「30秒あれば人の心は掴めます」とドヤァと特徴的な順番で喋る、シンガポール在住の若社長。

なぜ、成功するとみんなこぞってピチピチのパンツをはきはじめるんだろうか。


あーーーーーーーーーーーーーーーーーー


こんな、誰一人として見てもいない場所ですら、自分の言葉が喋れなくなってしまっている。


いつの間に、私は自分の言葉を失ったのか。


怖いよ~怖いよ~


私は、私だったはず。


成功の哲学なんて知らなくても、心を込めて作った1000円の古着リメイク人形を買ってくれる人はいたし、


人に刺さる言葉のテンプレートを使わなくたって、私の言葉を拾ってくれた人は、いたんだ。


いつだって、一人から始まった。


だから、大丈夫。


2021年8月13日金曜日

今や幻となった癒しの架空空間、インターネット。

 インターネットとの初めての出会いは、兄のPCだった。


夜10時を過ぎると、ADSLだがなんだかのダイヤル式の音が隣の部屋にある兄の部屋から聞こえてくる。


ぴーーーーーーヒョロヒョロヒョロ


電話代が安くなる10時以降でないと気軽に繋げないインターネット。

でもそこは世界と繋がっていて、多くの人を魅了した。


私は当時中学生だったから、その魅惑の箱の可能性については未知そのもの。

そして何より、ちょっと触れただけで壊れてしまいそうで、なんだかおっかなかった。


デスクトップのスリープ画面は、当時大好きだった子供番組のウゴウゴルーガでおなじみのキャラクター"みかん星人"で、その画像を見たさに、意味なく兄の部屋を覗きに行ったりもしたっけ。



専門学生になると、バイト代をためて、一台のノート型PCを買った。

10万円の、ソフテック的なやつ。


そして、そこから私のSNS大航海時代が始まったのだ。


大航海といっても、もっぱら私の居場所はmixiだった。

趣味はPC、その時間の多くをmixiで過ごした。


当時付き合っていた彼氏は、フリーライターでPC仕事だったので、二人で並んでラッキーストライクを煙らせながら、たくさんの時間を過ごした。


SNSの過去記事を消したことは、特にこれといった後悔をしたことがないのだけど、mixiの日記だけは、消さなくても良かったな~っと、たまにふと物悲しい気持ちになる。


Instagramもアメブロも、今やつまらないただのテンプレ養殖場になった。

見たことのある写真、読んだことのある文体、そんな"売れるためのアルゴリズム"に満ちた場所は、心底つまらないし、反吐がでる。


あの、純粋な楽しみで満ちていた、心の充電をしてくれるようなインターネットの世界は、一体どこへ消えてしまったんだろう。


知らない人と繋がる歓び。それが当たり前になった悲しみ。いつでも誰とでも繋がれるから、目の前の人を大切にしなくなる。

そんな悲しく冷たい世の中になってしまったんだな、と、インターネットの世界を覗くたびにため息が出ていた。



だけど、久しぶりに、そんな暗たんとした気持ちを明るくしてくれたのは、noteだった。

もう一度、純粋な気持ちだけで、書いてみようかな。


そんな明るい気持ちが、ふわっと香ったのが、noteだった。


そして、この場所もまた、私の癒しだ。


もうさ、書き方の基本、とかどうでもいいじゃん。


誰が"基礎通り"のロックに胸を躍らすの?


誰が"お手本通り"の絵画に、涙を流すの?


いつだって、人を感動させるものは

枠からはみ出て、"通り"を外れたものたちなんだから。


さぁ、今こそ、枠を出よう。








2021年2月23日火曜日

言葉の重さ

 私は、西加奈子さんが好きだ。

そして私は、小さい頃から、好きな人の真似をするのが好き。

っということで、昨日から私は、トニ・モリスンの『青い眼がほしい』を読んでいる。

西加奈子さんが、『まにまに』というエッセイでおススメしていたし、ヴォーグのYouTubeでも紹介していたから。

好きな人、尊敬する人がいつの日か感銘を受け、脈々と影響を受け続けているものがあるならば、見ない理由はないではないか。

そして、今、頭が最高に重い私がいる。

ふと目を庭にやると、ピンク色の可愛い花をたくさんつけた、大きな梅の木が2本あって、それはもう見事な、「春」という言葉を完璧に具現化した風景が並んでいる。

なのに私は、子供とも大人ともつかない、宙ぶらりんで不安定な年齢の子供特有の憂鬱をたっぷり吸い込み、黒人という人種を取り巻く、暴力的で排他的な空気の中で生まれてしまう悲しい景色を、どうすることもできない場所で見つめているのだ。

そもそも、そこまで本を読んでこなかった人生なので、アメリカ文学自体に触れたのが"長靴下のピッピ"以来だし、それを読んだのは小学校の時だった。

だからなのか、とにかく、言葉が重い。

モリスンの放つ世界観は、西さんがおススメするだけあって、それこそもう言葉にできないほどの濃厚さを持って、ジュー!っと言葉が胸に焼き付いてくるくらいの世界観だ。

そしてそこに、モリスンや登場人物達の、切実さや、自分ではどうすることもできない心情が、個体とも液体ともつかないくらいにふやけたオートミールのように、ドロドロに重く、ただそこに在る。

これが、文学的にどんなに素晴らしいかを語るには、あまりにも浅はか過ぎるので控えるが、"言葉の力"というものが、全人類に開けている大きな希望の光であることは、それだけはしっかりと掴んだ。

境遇も環境も、何もかもが違うピコーラと私が、分け隔てなく持っているのは、言葉を動かす力、だ。